時代小説≪ 闇を弄ぶ奴(越喜) ・・八 ≫
「ええ~嘘・・、・・」なんと兆次は二日後、北勢の泊に来ているが、
真夜中忍び込んでいる家は善兵衛の家、しかも大胆にも娘のサヨの寝床、
呆れるサヨも悲鳴を上げてしかるべきだが何故か上げない・・。
其れより半身食出してた兆次の体を引寄せ、自分の布団の中に入れる。
(なんて人・・)そう思うが憎めない、いつ来るのかなと待っていた自分、
其れが夜中に忍び込まれている。
だが兆次は其の侭動かず横で大鼾、呆れ果てるが其処がまた良いと
思う程、兆次を待っていたのかもしれない・・。
「あら~お前・・」「しっ・・、疲れて居るみたいだが・・」
「うふっ・・、迷わずお前の寝床にか・・」「知らないけど夜中よ・・」
「出て来い・・」「うん・・」母親が部屋を覗かれ笑われた。
「来たね・・」「・・、うん」「うふっ、お前何とも無かったのかい・・」
「無い、在っても言わないが・・」「あはっ、遣るのう」「お母さん・・」
「うん、飯の支度じゃぞ・・」「・・、・・」親子で土間に降りて支度する。
朝飯を家族で食べていると、「おい、あの人いなくなりもう八日じゃ・・」
「そうなるんかね」「あ~だが本当に来るのかね、ああ言われたが其処
も・・」「お父さん、待てば良いじゃないかね此処もそう早く動かれないし、
四男の母も強か、如何為るものかね・・、来てもそうかと動ける訳じゃ
無いがね」「言えるわ、益々兼継様の身が案じられるが、わしらじゃどう
する事も叶わぬ」「だのう・・、此の侭収まれないのかね・・」
「無理じゃろう、長男側も動かん筈が無いぞ・・」
「え、じゃ何か在ったんね・・」「うん・・、昨日聞いたが江戸屋敷に三人
が向かったと・・」「あらら・・、じゃ・・」
「うん・・、何か伺いに向かったんじゃないかな、事が事じゃしのう・・」
そんな話を親子でしている。
「う~ん・・、寝た・・」「・・、あわわ・・、ええ~あんた・・」
「あ・・、此れは親父殿・・」「親父・・、うへ~あんた何時来たが・・」
「夜中、起こすのもなんじゃと思い誰かの寝床に潜込んで、何方の寝床
かも・・」「ウゲ~ジャ・・、・・、アア~サヨか・・」
「え~じゃじゃ、あ~真に合い済まん、道理で良い香りがしていたが・・」
「ま~貴方、わしじゃそう匂わんが・・」「あ、かか様御免なさい、そんな
積りじゃ」「・・」善兵衛はあきれ顔で、箸を持ったまま声が出なかった。
「顔を洗い来たら如何ね・・」「・・、え・・、そうですなじゃ・・」
兆次はとぼけて顔を洗いに外の井戸に向かう。
「お前、驚いたぞ・・」「うふっ、朝のう覗くと頭が二つ見えたが・・」
「え、じゃサヨ知っていたんだぎゃ・・」「サヨも気が点いた時は横よ・・」
「あらら、忍込まれたんじゃのう・・」善兵衛が笑うとタネも大笑いする。
一人で朝飯を食べる兆次だが、家族は傍で無言、飯の食べっぷりが
凄いから呆れて見るだけだった。
朝飯を終えると・・、「善兵衛殿・・」「何か・・」
「うん・・、暫くここを使わしてくれないかな・・」
「それは構わぬが、如何なさる・・」「商いをしながら歩いて見たい・・」
「商い・・」「然様・・」「ま~貴方様、何を・・」
「かか様、小物じゃ、後でお見せするしお土産が有る・・」
「あらら・・、楽しみじゃ、じゃ歩いて様子かね・・」「当りです・・」
聞いてカネは笑う。
直ぐに担いで来た柳行李を開き、母には櫛、親父殿には煙管入れ、
娘には簪を渡す。
大層喜ばれ、瞬く間に忍び込まれた事もサヨは忘れてしまう。
昼前にはその柳行李を背負い家を出る。
「お父ちゃん・・」「うん・・、驚いたな、小物売りとは・・」
「其処がええが、あの方見込み以上かも・・」「うん・・」
善兵衛は何故か浮かぬ顔付、だが娘のサヨは感動し、
くれた美しい簪を何時までも握り見ていた。
「今日は・・」「何方ですか・・」裏に回り、勝手口で兆次は挨拶をする。
「実は尾張から出向いて来ましたが、聞くと最初に此処に行く方が良い
と言われ、小物売りじゃが、最初に品物が有るうちにと伺いましたが・・」
「小物売りじゃと・・」「然様でして必要無いなら他所に回りますが・・」
慇懃に広い土間で兆次は腰を曲げる。
「小物じゃね・・」「然様です・・」「じゃ伺うから待って居為され・・」
年のいった女中か奥に消えられる。
此処は伊勢屋の勝手土間、懸りの板間に座らされる。
暫く休んでいると・・、「来為され、見たいと仰せじゃ・・」
兆次はその女中に従い大広間に通される。
(うへ~聞いてはいたが、でかい家だぎゃ・・)
興味深く目立たぬ様に部屋の様子を伺っていた。
「其方が尾張から来た小物売りとな・・」
「然様でして、土間を拝借してと思いましたが、上がれと言われ・・」
「それは良いが、品物は・・」「これに・・、でもお気に召すかどうか・・」
「構わぬ、見せてくれぬか・・」「じゃ、是非・・」
行李を二つ背負い来ている、一つの行李を開ける。
「・・、ま~なんと、此れは美しいが・・」「簪ですが、若い方に・・」
「だろうな、キラキラして美しいが・・、此れ娘を呼び為され・・」
その間奥方を観察する。
(この方がこの家の奥方、しかも四男の後ろ盾の方か・・)
四十手前かここの大店の奥様、流石だと兆次は思えた。
「此れは・・」「お目が高いですが、其れは庶民向きと思われます」
「え・・、此れでか、美しい・・」「ヘイ・・、其れもでしょうが奥様には
別に・・」「あるのか・・」「御座いますとも・・、此れに・・」
「・・、・・、ま~なんと言う事、素晴らしいじゃないか・・」
別の行李には煌びやかな帯留め簪櫛が在り、魅入られていると・・、
「お母様・・」「おう・・、見なされ此れ・・」「・・、ま~き・奇麗・・」
「だろう、お前の欲しい物見なさい」「はい・・、ま~素敵・・」
なんと現れたのが真見惚れる程美しい娘だった。
だが本性は直ぐに見れる、娘も母親も美しい物には目が無い、
此れもこれ等もと手に捕まれ、瞬く間に目ぼしい物は行李から出て
行き、簪櫛帯留め等が欲しいと言われる。
「其方、他にも在るのか・・」「それは御座いますが、此れから商いに
歩く積りで」「ま~じゃこれ以上が有ると申されるか・・」「それは・・」
「もう、其れも見せてくれぬか・・」「其処は今お見せするだけで良いと
思います」「嫌じゃ、他にも在るなら見たい・・」「・・」欲が丸見え。
「では一つだけ、其れは後日伺い持参致しましょう」「誠にか・・」
「御約束致します・・」「じゃ早く来為され・・」「然り・・」
その後女中も大騒ぎ、ここ等で見れない美しい物に感嘆、
奥様に見せた行李と別の行李を見せるから奥様も安堵されていた。
(ふ~驚いたぞ、流石藩を牛耳る大店だが、しかも母と娘が美しい・・)
軽くなった行李を背負い、その店を出る。
昼過ぎに為るほどその家で時間を費やしていた、
飯屋に駆け込んで昼飯を食べている。
「あんた・・、お伊勢参りじゃない様子だが・・」
「ヘイ参るには参りまするがその前に商いと・・」
「え・・、その柳行李に何が有る」「女将向きもありますぞ・・」「何・・」
「小間物・・」「小間物・・、え・・、じゃ櫛あるかね・・」「ええ~・・」
「なんとそうか何処から来た・・」「尾張・・」
「あらら・・、じゃ少し待って居てくれないかね・・」
「良いですとも、出来たら歩くのが辛い、ここ等で女将さんの知合い
集めて頂ければ・・、其の分女将が欲しい物は安く致しますが・・」
「うふっ・・、良いじゃない、商いはそうじゃないとね、良いよ、呼ぶね」
笑われお客が少なくなるまで待たされる。
だがだが店の小僧が触れ回るから集まる集まる、続々と女どもが
押し寄せて来た。
飯屋が瞬く間に集会場、騒然とする。
「キャ~、うぎゃ~、なんと~、奇麗~、じゃが・・」
とんでもない嬌声が挙がる。
見ると街道筋の女将かそれに準ずる婦人達が十五人も集まるから
大賑わい・・、もう兆次は呆れ見ているだけの有様、それ程何処でも
女は美しい物に目が無いと今更ながら知らされる。
一刻の大騒動、漸く終えると行李は空っぽ、苦笑いして兆次は
懐から出す品物をこの屋の女将の手に乗せる。
「・・、え、此れ・・」「あ~隠して置いたが、此れは尾張でもそうは無い、
特別じゃ・・」「誠奇麗じゃが此れ何に使うのかね」
「首巻にそれは留めるための物・・」「なんと・・、じゃ此れ留めかね、
美しいが幾らじゃ・・」「高い・・」「だろうね、幾らするがね・・」
「公家様や大店の奥方様以外は今は他には着けて居られない代物、
値段は高価・・」「・・」手が震えているが決して手放そうとはされない。
梅の木に鶯と蝶が戯れる彫り物は絶品、女で在れば其れがどれほど
奇麗な品物かは判断出来る。
「ねね・・、幾ら・・」「其処は言わぬ方が宜しい、欲しいと思われれば
尾張で作成致す積りで持参して、こんなものが売れるとは思わないし、
売れるなら又持って来る」「あんた・・」
「如何かな、二三日泊めてくれるなら」「え、何処で・・」「女将の家・・」
「・・」「一人か・・」「え、其れは・・」「じゃ無理じゃ・・」
「え、あんた・・」「わしは色好きでな・・」「え・ええ~・・」
「其れで此れを持参して好みなら渡そうと・・」「渡す・・」
「あ~タダじゃ無いが、此れは二十両を超すほどの品物じゃ、其処で
物々交換して拾両で如何かな・・」「拾両でと・・、半分じゃね」
「そうなるが・・、だが物と・・わしは色好きじゃが・・」
「最後までいわしゃっるな、そうか拾両か、あんた、着いて来て・・」
「・・、・・」行き成り兆次を連れて行こうとする。
「待ってくれないか、未だ明るいし、戻り商いをしないと・・」
「え~品物ないがね・・」「今はな宿に残す町人向けが有る、其れを
捌かないと・・」「ま~其れはなんとでも為るがね、さっきと違う女を
集めれば良いだろう」「うへ~女将さん・・」
「任せなさい、ミツはここ等じゃ其れ位なら力が有るがね・・」笑われる。
「じゃ戻り、夜中に来るが良いか・・」「うふっ、良いわよ、ただし忍んで
来ておくれ、ミツも夕方から商いが有るし・・その方が尚良いが・・」
「承知、話が早いが」「馬鹿ね、良いわ夜中よ、裏の家じゃ案内だけする」
家まで連れて行き、入る場所まで教えてくれた。
(うほ~温もれるぞ・・)懲りない男、兆次は其の足で海際の善兵衛の
家にと戻る。
其処で大笑いするタネさん、品物が切れたから戻りまた抱えて
来ないと兆次は言った。
「貴方、其れは誰かに使いを出せば良いじゃないか・・」
「いえ、この目で見ないと此処は予想より暮らしが良い、それに見合う
物が良いと思える」「じゃあんた・・」「また直ぐ戻る、親父殿は・・」
「出掛けているが・・」「そうですか・・」
軽くなった行李を重ね、置いて居た行李に乗せて荷造りをする。
「あんた・・」「おう、サヨ殿、また来る・・」「・・、・・」
無言で返事をされなかった。
(此れで良いぞ、此処は暫くお暇仕様、其れが良い其れが良いんだ・・)
何度もそう思いながら兆次は夕食を頂いて家を出る、
まだ其処には善兵衛殿の姿は無い。
なんと兆次は暗闇の中で急ぎ足、其れが在の飯屋では無く些か遠い
藤原の家にと向かっていた。
つづく・・・・。
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