望愛小説103弾《獣が道を造る・・初回》

 平成二十二年、三月十五日、田中裕太は何時ものトラックを運転していた。
此処は日本では有るが忘れ去られた地、過疎地と言われて久しいが、
其処も今じゃ破壊地と名が変わるほど酷い。
中国地方の山奥、其処は世間とはかけ離れた地だが、
どっこいまだ多少だが人が生きている。
 其れは大事な子供を産んで育てて、後に子は羽ばたいて都会にと向かうのだ。
だから此処は人の産まれて育つ、只の巣となっている。
産んで育てるだけの巣,雛が羽ばたけるようになればおのずからその地の
巣から飛び立つ。
其れが幾度となく繰り返されて来たが、今じゃ其処すらままならない状態だ。
其処は後に子を産んで育てる親鳥が激減、しかも半端無い程落込でいる。
 そういえば日本全国こんな過疎地は至る所に存在する。
其れが今の日本、当たり前だが、其処は以前より危惧された事項、
でも世の中の変わりようは其処は容赦ない、都会に向かえばどれだけ此処より
違う生活が有るのか誰もが知っている、田舎は先が見えない望めもしない。
 そんな状況の中で田中裕太は生きてまだその巣から出様とはしなかった。
其れは生まれた地で生きると決めていた訳じゃ無い、
だが結果今でも生まれた地で生きていた。
巣を飛び出ることが出来ない事も有るが、裕太には都会に憧れる部分が薄い
のか、一度も其処を出ようと考えた事はなかった。
 理由は簡単、生まれて育っている家には既に親鳥は居ない、
二人とも追いかける様に中学時代に亡くなっている。
じゃ出れるだろうと思うが、其処には婆様が生きているのだ。
 中学から高校までその婆様が裕太を育てて来られている。
でも其れでも都会に出れば済む事、何処にでもこんな家族は存在する、
だが裕太は出ていない。
 そんな裕太が運転するトラックは過疎地と都会の接点、
つまり都会に里の野菜などを積み込んで都会の市場にと運んでいるのだ。
だから巣にとどまるとは言えないが、生活している場所がそうだから都会
とは別、此の運び屋も婆が決めた。
其れで免許を取りいち早くトラックを婆が買い、与えている。
山奥から運び出す野菜などが集められ、其れを広島の中央市場に卸している。
運んで戻りは郷で必要な生活品を仕入れて戻る。
聞こえは良いが、此れも昔と何ら変化は無い仕事、昔はこんな山奥に魚や
生活品は手に入れるのが難しかった。
其れをするのがブリキの大きな缶を背負う婦人達、海際から新鮮な魚を
缶に詰め込んで背負い、山奥まで来る。
其処で住んでいる人は魚などを食べることが出来ていたのだ。
無論金銭売買は少ない、其処は代価として物物交換に為る。
米や大豆などを缶に詰めて背負い海際の部落に戻る。
そんなツナギをされる婦人は多くおられた。
だが、其の効果は絶大、どれほどの人々が恩を受けていたのか、
婆様の話しでは裕太が生まれた里でも数多くの嫁が海際から山奥にと嫁に
来られていると聞かされる。
それらも総てそのでかいブリキ缶を背負い訪れる婦人達の仲介の御陰と
聞いていた。
 「ふ~やはり田舎とは違うけ~、もう雪など欠片も無いが・・」
運転しながら裕太は多くの荷物を荷台に積みこんで里にと向かう。
広島と里を行き来する頻度は数えきれない程走っている。
向う時は鮮度を落とさぬように大朝から高速に乗る、
戻りは急ぎが無い時は平地を走るのだ。
広島市内からヨコ横川を経て祇園,可部八重大朝三坂峠を隧道で走り田所
から小さな峠を越えると里が有る。
其の道のりを何度も通う,今日トテ変わらぬ道だった。
 祇園を過ぎて走っていると車体が揺れ出す、
「え、ああ、拙いぞ・・」トラックを止め裕太は外に出てタイヤを見る。
「あ~遣っちまったが・・」後輪の右側のタイヤがパンク、
其処で少し先の空き地に車を動かして止めた。
八年間も走っているとこんな事は慣れている、一度や二度じゃない、
手慣れている仕草でタイヤ交換をする。
「ま~あんた、パンクかね」「え、ああ~、慣れているし」「寒かろう」
「其処も何とか・・」「え、あんた何時も通るトラックじゃね」
「え、おばちゃん、見んさっているんか」
「ああ、わしの家は道筋じゃがね、何度もこのトラック見ているが・・」
「そうかね、煩いじゃろう」「いんや~慣れているがね」
笑いながらそう言われる。
 人との話は苦手だったが、以前より裕太は其処は苦手じゃない、
仕事柄話は出来るようには為れていた。 
黙々とタイヤ交換をする姿、「あんた寒かろう缶コ-ヒ-だけど・・」
「ええ、有難う御座います,よばれますね」
軍手を外し、暖かい缶を両手で包んで頭を下げる。
「何度も見えるがあんた何処から何か運んでおりんさるんかね」
「ええ、郷から野菜等を、戻りは荷台は生活品」
「なんと、往復でかね、良いじゃ無い其れ・・」
話好きなのか裕太から離れてはもらえなかった。

                 つづく・・・・。